第1ステージ:サンドニ〜モー(168Km)
ツールは100周年だが、マイヨ・ジョーヌが生まれたのはツールが始まってから16年後の1919年。しかも総合1位の選手に授与されたのは、第10ステージからだった。プロローグでマクギーに授与されたマイヨ・ジョーヌは、ツール開始当時のディレクター、アンリ・デグランジェのサインが入った記念モデル。この栄冠を守るためにマクギーやエフデジュ・ポワン・コムのメンバーがどのような作戦を打ち出すのかも楽しみだ。


ペタッキ、ロングスプリントを制す

集団は前半ゆったりペース。3人の逃げが決まる
1時16分にスタートしたレースは、3人が逃げを決めるが、全体的にはゆったりとしたペースで動く。しかしそれが災いしたのか、終盤に大きな事故が起こってしまった。
最初のスプリングポイントを制したのは昨年のマイヨ・ベール、R・マキュワン(LOT)。2位にB・マクギー(FDJ)の豪州勢だ。その後の4級山岳ポイント前から逃げを決めたC・マンジャン(FDJ)、A・フリキンゲル(A2R)、W・ベネトー(BLB)。集団との差を最高8分近くにまで広げながら、途中に設定されたポイント賞を交代で獲得してゆく。
集団は和やかなムードでゆったりペース。しかし3人を泳がせるのは残り50キロを切るまで。そこから徐々にペースを上げ始めた集団は、マンジャンとベネトーを残り15キロ地点で吸収。アタックをかけ、1人飛び出していたフリキンゲルも飲み込まれてしまう。
ゴール直前、大落車発生
前半のゆったりペースで体力を温存していた集団は、俄然スピードアップ。どのチームも集団をコントロールすることができず、スプリンターが自力で先頭に上がって行かねばならないような混戦模様。
最終の右コーナーを曲がった途端、前方左側にいたケルメの選手が落車。後続の選手が次々と落車を繰り返し、数十人を巻き込む惨事に。150人の選手が立ち往生することになった。
集団先頭では熾烈な争いが始まる。早くから先頭に立ち、集団を牽引したA・ペタッキ(FAS)がマキュワン、E・ツァベル(TEL)の追撃をものともせずロングスプリントを制し、初めてのステージ優勝を飾った。
落車事故で実際には先頭集団と150名の選手とのタイム差が生じたが、ゴール前1キロ以内での事故であったため、規則により集団ゴールとみなされ、総合タイムには影響なく、ランス・アームストロングは、ポイント賞を獲得し順位を上げたフリキンゲルに次ぐ8位となった。